【球談徒然】“真夏のストーブリーグ”スクープの舞台裏は…

2011.01.31


野球が公開競技となったロス五輪で日本が優勝。舞台裏では日本のプロ球団による台湾のオリエンタル・エキスプレス、郭泰源の争奪戦が繰り広げられていた【拡大】

 オリンピックの開催中に、日本のプロ野球の球団が外国人投手の獲得を競い合う、という稀な出来事に遭遇した。共同通信の特派員として取材した1984年8月、夏のロサンゼルス五輪でのことである。

 その“恋人”は台湾のエース郭泰源。すらりとした体形、長い手足、しなるフォーム…。快速球がホームベースを横切った。「2けた勝利は間違いない」「エースになる素材」というのが各球団の見立てだった。

 この年の五輪には野球が公開競技としてプログラムに組み込まれた。出場資格はアマチュアだけ。地元米国をはじめ、日本、韓国、キューバ、そして台湾が有力チームと予想された。米国には大リーグのホームラン打者、マーク・マグワイアがいた。社会人と大学生で編成された松永怜一監督率いる日本には、のちにプロでタイトルホルダーになった広沢克己、正田耕三らが顔をそろえた。

 “郭争奪”の水面下の動きが一気に浮上したのは五輪の直前だった。獲得争いに残ったのはセの巨人、大洋(現横浜)とパの西武。3球団のルートはそれぞれで、両親、兄弟、親類と独自に食い込んでいた。球団の責任者たちが最終決戦のLAに乗り込んだ。

 事前の取材で小生は巨人と西武の争いで、大洋は厳しい、と予測した。渡米する前、旧知の大洋幹部からこう言われた。「うちが不利なのは分かっている。面子でロスに行かせる。時期をみて真相を説明してやってくれ」

 ドジャースタジアムで郭の実兄に独占インタビューに成功したのは大会半ばのころである。一塁側スタンドで話を聞いた。その内容から「西武有利」の可能性を感じ取った。ここがタイミングとみて大洋勢の宿舎に行き「大洋は無理」と伝えた。責任者は「うちも食い込んでいる」と声を荒らげたので「もう勝負はついています」と付け加えた。

 巨人はさすがで、西武有利を察知していた。打つ手がなくなったのだろう、ついに正面突破を図った。台湾の試合日、ドジャースタジアムの選手ロッカー近くに迫り、郭本人をつかまえる作戦に出た。しかし、郭が姿を見せることはなかった。

 台湾は郭の力投もむなしく準決勝で惜敗した。その翌日、小生は西武の球団代表と会った。場所はダウンタウンのホテルニューオータニ。ロビーで落ち合い、そこのティールームで仕上げの取材をした。

 「郭は西武に来ることになった」。代表はきっぱりと言い切った。敗戦の後、郭本人に最終確認をしたことは容易に想像できた。話の内容から、オール西武として獲得に当たったのが勝因、と聞こえた。このホテルには巨人勢も宿泊していた。そこで堂々とインタビューを受けたのだから驚く。

 いろいろな面で巨人の牙城を崩しつつあった西武の勢いをそこに見た思いがした。郭が西武黄金時代を担ったことは承知の通りである。

 “真夏のストーブリーグ”は共同通信のスクープとなった。だだっ広いロスで正式競技の取材の傍ら郭争奪戦を追うというハードな毎日だったが、読みと取材タイミングの良さが成果につながったと思っている。東京の西武担当記者とのタッグが成功のカギだったことを強調しておく。日本チームは決勝で米国に勝ち“金メダル”を手にした。

 ■菅谷 齊(すがや・ひとし) 1943年、東京生まれ。法大卒。法政二高硬式野球部時代に甲子園夏春連覇を経験。共同通信社で主にプロ野球を担当。70年代半ばから大リーグも取材しジョー・ディマジオのインタビューをした最後の日本人記者。野球殿堂入り代表幹事を務める。現在、日本記者クラブ会報委員会委員、共同通信社にコラム連載。指導書など野球関係書籍を多数出版。

 

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