【選手・清原和博 裏番行状記】「あの店に行くな」球団幹部の忠告も… 1996年、巨人への移籍見据え聞く耳持たず “黒い交友”の芽 (1/2ページ)

2016.02.16

1986年10月、広島との日本シリーズでの清原容疑者の雄姿
1986年10月、広島との日本シリーズでの清原容疑者の雄姿【拡大】

★西武編

 常勝西武で不動の4番を務めた清原和博容疑者(48)は、チームの顔だった。1986年から96年まで、在籍した11年間で8度のパ・リーグ優勝と6度の日本一に貢献。レオの背番号「3」は光り輝いていた。

 球界でも屈指の人気を誇り、銀座や六本木などで「夜のホームラン王」とモテまくった。だが、“黒い交友”の芽が出始めた時期でもあった。

 西武での最終年となった1996年のシーズン後半。球団に不穏な“情報”がもたらされた。情報源は元球団管理部長で93年からダイエー(現ソフトバンク)に移り球団フロントのトップとして辣腕を振るっていた、故・根本陸夫氏だった。

 「内容は清原の交友関係です。薬物も絡んでいたらしく、根本さんは具体的に彼が出入りしていた銀座のクラブ店名をあげて、とても心配していた。ダイエーに移ったとはいえ西武球団には黙っていられなかったのでしょう」(元西武関係者)

 根本氏の発信は、くしくも別ルートから裏付けられた。同時期に、球団幹部へ警視庁関係者から電話が入った。銀座のクラブの従業員で清原容疑者と付き合いがあった女性が、薬物所持の疑いで警察にマークされているという内容だった。

 仰天した球団は、清原容疑者へ厳しく注意を促した。同関係者は「当時、球団幹部の1人が清原に『あの店には絶対に行くな』と忠告していた」と明かす。

 

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