いつまでもあると思うな、親とチャンス。稀勢の里(28)も、このことはよく承知しているはずだ。それは場所前の7月3日の誕生日談話にも表れていた。
ちょうど1年前。満27歳の誕生日を迎え、いつものように朝稽古でみっちり汗をかいた後、集まった報道陣にこう話している。
「(月日の経つのは)早いですね。だんだん終わりに近づいているワケですから無駄にしない人生にしたい。そのためにも自分をもっと鍛えないと。焦らず、やることをしっかりやることです」
しかしこの1年、2度も綱取りに失敗するなど有言実行とはいかなかった。2場所前は負け越しまでしている。ただ先場所は、これらの裏切りを帳消しとまではいかなかったが、自己最多タイの13勝をあげ再び綱取りの灯がつくところまで盛り返してきた。
それだけに今年の誕生日には何と言うか注目されたが、肩の力が抜けサラリとしたもの。「今年に全てを出し切れればいい」と言葉少なに決意を披露、差し入れられた似顔絵入りのケーキにニッコリしただけだった。
何を言おうと結果を出さなければどうなるか、身に染みてわかった1年だったからだ。にもかかわらず、またしても同じ轍を踏んだ。それも判を押したように序盤で。負けられない場所だったにもかかわらず、2日目でクセ者安美錦のはたき込みに大きく泳ぎ、前のめりに両手をついて放心状態。支度部屋でも冷たい水を口に運ぶだけで、報道陣の質問にはほとんど答えずじまいだった。
これで早くも綱取りも、8年ぶりの日本人優勝も厳しいものになった。先場所後の横審で、これまで何度も失望させられている北の湖理事長は稀勢の里の綱取りについて「たとえ(名古屋場所で)全勝しても(諮問するかどうか)わからない」といつになく慎重だった。やはり先見の明がある。 (大見信昭)