思い出される“原フィーバー” “出待ち”などアイドル並みの人気

2014.08.08

 溶ける〜って感じがピッタリの今年の猛暑…。拙稿は外出を極力控え、怠惰の日々を過ごしてます。そんな炎天下で、9日から全国高校野球大会(甲子園)が開催される。文科省通達などで気温35度以上の猛暑日では生命に危険が及ぶ恐れがあると基本的に屋外スポーツは禁止ってことになってますけど…。いやはや球児たちの体力、精神力、根性には本当に頭が下がる。

 駆け出し記者の頃、甲子園取材を経験した。初めては1975年夏、現巨人軍監督・原辰徳三塁手(当時2年生)擁する東海大相模の熱狂ぶりが思い出深く残る。

 春の選抜準優勝でブレークした東海大相模の主役はルックス抜群の原監督だった。夏の県大会決勝で川崎球場を超満員にする“原フィーバー”を巻き起こした。当時同球場を本拠地にしていた大洋(現DeNA)戦は閑古鳥が鳴いていたのに…。

 大阪入りシーンもすごかった。新幹線小田原駅がパニックになった。駅構内から人波が切れず、下り大阪方面のホームは人で埋め尽くされ、その数はおよそ700人…。ほとんどが女子中高生で「キャーッ!」「ハラ、く〜ん!」など叫声が飛び交った。まさにアイドル並みだった。

 宿舎となったJR芦屋駅近くの竹園旅館(現ホテル竹園芦屋)には朝から晩まで“出待ち”のファンが絶えない。さらに“原辰徳に直接会えるかもしれない”宿舎のアルバイト募集は何十倍の競争率にもなったという。残念ながら準々決勝で上尾(埼玉)に敗れてベスト8止まり。春夏合わせて4度の甲子園経験を持つ原監督に以前“あの日”のことを話したら…。

 「ええ、もちろん、覚えてます。あの時、すごかった。アレ、異常でしたよ。アイドル? ハハハ…そうね。懐かしいねぇ」。そういえば、巨人入団2年目のオフ(82年)、全10曲オリジナルのフルアルバム『サムシング』を発売、歌手デビューもした。作曲は平尾昌晃、長渕剛、吉田拓郎、堀内孝雄、沢田研二に加山雄三…。マジかよ〜って話ですよね。

 以前、原監督と親交がある平尾昌晃さんと話したとき、「いまなら絶対ありえない豪華陣。辰徳のすごさだネ」って。高校通算43本塁打、巨人の現役時代はON後に4番を務め、通算382本塁打とチームを引っ張った。監督としても過去10年で日本一3度を含むリーグ優勝6度…。今年もいま、首位を行く。グラウンド内外で光った男である。

 今年、母校も4年ぶり9度目の夏の甲子園。「最後の最後までドキドキする試合を見せてほしい」という原監督、56歳…いまだにスターです。 (産経新聞特別記者・清水満)

 

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。