■大相撲夏場所12日目
立ち合いもろ手突きから左四つ、上手をガバっとつかんでの投げ。高安が大関昇進をほぼ当確とする10勝目を強引につかみ取った。「もろ手でいったけど、まわしが取れたので反射的に投げた。内容的にはよくなかった」と支度部屋では反省の言葉が出た。
初場所小結で11勝、先場所関脇で12勝。そして、今場所10勝目で大関昇進の目安となる33勝をクリアした。
平成17年、茨城・土浦市内の中学を卒業し鳴戸部屋に入門した高安。当時、既に1メートル80、120キロという堂々たる体格で、師匠の先代鳴戸親方(元横綱隆の里)から特に目をかけられていた。
ところが、あまりの稽古の厳しさに何度も“脱走”を図り実家に逃げ込んだ。入門を勧めた父親が説得し、その都度車で送り届けたが、途中、赤信号で止まったときに助手席から逃げ出すこともあった。
帰る金がないときは、千葉県松戸市の鳴戸部屋から土浦まで自転車を飛ばした。「10回近く脱走したと聞く。最後はお父さんが中学に相談し、3月の卒業式に出られなかったことで中学が高安1人のために特別に卒業式をしたんです」と、部屋関係者は話す。
夏休みでがらんとした学校で卒業証書を渡した校長は高安と握手して言った。「いいかね、今度キミと握手するのは関取になったときだ。忘れないで頑張ってください」
さすがの“脱走王”もこれで目が覚め、稽古に励んだ。新十両になった平成22年の九州場所前、約束通り校長と握手を交わしたという。
13日目の横綱日馬富士戦に勝てば大関は100%決まる。「自分の相撲人生で大事な一番。しっかり集中していく」と高安。静かな口調に決意をにじませた。