平安貴族のお仕事、実はかなりブラックな労働環境だった?

2017.05.24


【拡大】

 「教えて!goo」に「今一番生きたい日本の時代はいつですか?」という質問が寄せられている。ぐうたらな筆者は「平安貴族になってのほほんと生活したい」と思ったのだが、よく考えたら平安貴族って本当に楽な生き方だったのだろうか? 平安文学を研究する宇木まさよしさんによると「けっこうブラックな環境で働く貴族もいたみたいです」とのこと。平安貴族の日常について、宇木さんに聞いた。

 ■平安貴族の勤務時間ってどれくらい?

 まず、平安貴族たちの実際の勤務時間はどのくらいだったのだろうか?

 「『延喜式 陰陽寮』によれば、1日3時間半から4時間半ほどだったようです。『延喜式』とは、平安貴族の服務規程をまとめたマニュアルのようなものです。勤務時間は長くても4時間半と書くと、とても気楽な生活を送っていたと思えますが、実際の勤務時間は相当に長かったといわれています。貴族の身分によって勤務時間はまちまちだったようですが、基本的に身分の高い貴族ほど勤務時間は短い傾向にあるようです」

 なるほど、大貴族は優雅な生活を送れていたようだ。では、そのほかの貴族は?

 「今回は実務を担当する中下級貴族を例にしましょう。中下級貴族は、天皇をはじめとする皇族の安全を守る仕事を任される場合もあり、頻繁に夜勤をつとめていました。右大臣(現代でいえば副総理・官房長官に相当する高官)であった藤原実資(957〜1046)が記した日記(『小右記』)には、中下級貴族の怠慢を処罰する記事がありますが、それによるとひと月に日勤15日、夜勤5日が勤務日数の最低ラインだったようです。また、重要な会議がしばしば夜間に開かれるために、警護を担当する中下級貴族の勤務時間も不規則でした。合計すると、実質勤務時間は7時間〜12時間ほどと考えられます」

 ひと月最低20日勤務、夜勤もあって1日12時間労働もあり得るというのは、けっこうブラックかも……。人によっては過酷な労働環境だったわけだ。

 「そして平安貴族は現代人と違い、公務以外で仕事が多くありました。特に重要なのが農業です。現代国家の法典に相当する『大宝律令 仮寧令』には、貴族の休暇について規定が記されていますが、田植えで忙しい5月・8月は長期休暇が貴族に与えられています。休暇といっても貴族たちは農作業をしなければなりません。平安朝にはトラクターや殺虫剤や肥料がないので、農作業は相当な重労働だったでしょう。朝廷に勤務していたほうがまだ楽かもしれません。そして肉体労働時間が短い大貴族も、規定勤務時間以外では皇族のお世話や、公務に関する具体的な指示などをしていました」

 月に20日勤務してさらに兼業農家……平安貴族といえば、日がな一日中、蹴鞠をして遊んでいたのだと思っていたのだけれど、意外と忙しい日々を送っていたようだ。

 ■平安貴族はどんな仕事をしていたの?

 では、平安貴族は実際にどんな仕事をしていたのだろう?

 「平安貴族は官僚ですから、現代の官僚のように治安維持や経済政策などを仕事としていますが、貴族にとって最も重要な仕事は神社・お寺に関する宗教的なイベントです。これらのイベントには、今の私たちにもなじみぶかい端午の節句・七夕・8月の十五夜といったお祭りが含まれています。今でこそこういった行事は庶民的なイメージがありますが、平安朝においては農耕と深く関わるお祭りであり、国家が盛大にとりおこなうべき公式行事として重視されていました。これらの行事を順調に運営することを、平安貴族は仕事の目標にしていたのです。上級貴族の日記群を読むと、行事の運営について貴族たちが頻繁に会議していたことがうかがえます。平安貴族は基本的に官僚ですから、仕事の大枠は現在のお役人と通ずるところが多いです」

 現代でも、官僚の仕事はかなりの激務。やはり今も昔も、国家行政は楽ではないようだ。

 ■平安貴族たちの仕事の愚痴

 相当に過酷そうな平安の貴族ライフ。ということは、平安貴族の日記にも仕事がツライといった愚痴が書かれていたりするのだろうか?

 「書いてあります。藤原行成(972〜1028)という人物を例にします。行成は、『枕草子』の作者である清少納言と友人関係(恋仲?)にあったとも推定されています。彼は有能な官僚としてあの藤原道長に信頼されていましたが、有能なだけに仕事をよく任されていました。仕事の負担があまりにも重いので、彼はついつい愚痴や泣き言を日記(『権記』)にもらしています」

 ほうほう、どんなことが書かれているのだろう?

 「寛弘8年(1011)8月11日の日記を見てみましょう。当日は、同年6月13日に崩御された一条天皇の四十九日の御法会でした。行成は早朝から参加し、事務方として務めましたが、深夜に至るとさすがに疲労が極限にまで達してしまったのか、『夜中まで働くと気がおかしくなる』(原文は『終日、営役の人、心神穏やかならず』)と泣き言をもらしています。行成は非常に多忙な日々を送っていたようで、『権記』によれば長保3年(1001)9月10日には、あまりに疲れているので仕方なく会議に遅刻したとも記されています。平安朝では、有能で勤勉な人であればあるほど仕事を多く任されていたようなので、藤原行成と同じような悩みを抱えていた人は他にも数多くいたと考えられます」

 ううっ、平安貴族の中にも過酷な労働で心身に異常をきたす人がいたとは……今も昔も働くのは大変だったようだ。人類が労働から解放されるときは、いつか来るのだろうか?

 参考資料

 渡辺直彦・厚谷和雄校訂『権記』(史料纂集 続群書類従完成会、八木書店) 1978〜1996年

 『延喜式』(国史大系26、吉川弘文館)2000年

 論文・学術書

 日向一雅「源氏物語と平安貴族の生活と文化についての研究--貴族の一日の生活について」『明治大学人文科学研究所紀要』54 2004年3月

 大津透『道長と貴族社会』(日本の歴史06、講談社学術文庫) 2009年

 細井浩志「平安貴族の遅刻について」『時間学研究』1 2011年

 ●専門家プロフィール:宇木 まさよし

 平安文学研究家。東京大学文学部卒業後、研究機関に所属し、平安文学の研究を行う。中国文学の研究を並行して行い、日中の詩文についての比較をテーマとして活動中。

 教えて!goo スタッフ(Oshiete Staff)

教えて!ウォッチ

 

産経デジタルサービス

IGN JAPAN

世界最大級のビデオゲームメディア「IGN」の日本版がついに登場!もっとゲームを楽しめる情報をお届けします。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

「ソナエ 安心のお墓探し」では、厳選されたお墓情報を紹介! 相続、葬儀、介護などのニュースもお届けします。