記事詳細

【富坂聰 真・人民日報】失脚した孫政才氏にもあった“矛盾” 「グループ分類」では読み解けぬ対日影響 (1/2ページ)

 今週も孫政才・前重慶市中国共産党委員会書記の失脚を入り口に中国政界の読み解き方について書いてみたい。

 先週までの原稿で書いてきたように、江沢民元国家主席の「江派(上海閥)」、胡錦濤前国家主席や李克強首相を輩出した共産主義青年団のグループ「団派」、そして習近平国家主席を筆頭に形成されるという「太子党」の三つ巴の争いによって、中南海のすべての動きを解説する日本の政局分析に限界があることは明らかだ。

 実は、この孫政才という人物は3つのグループに分類することが難しい幹部の一人である。山東省の農村出身で、地元の農業系大学(山東莱陽農学院)を経て北京市農林科学院に入り研究者の道を進み始めるが、その後、北京市で政治家としてのキャリアを積み農業部を経て吉林省のトップとなった人物。

 現状、孫については、「江沢民氏が率いた『上海閥』とも良好な関係」といった表現から「江沢民元国家主席のグループ」「江沢民派」と断じられるケースまで、表現に強弱があるものの、概ね「江派」に落ち着いている。

 だが、不思議なのは同じ記事の中では「温家宝に引き上げられた」という説明も頻出する。温元首相といえば、「団派」もしくはその“親戚”と位置付けられる人物ではなかったのか……。

 こういう矛盾を言い始めれば実はきりがない--例えば「江派」「団派」「太子党」のいずれの要素も持っている李源潮国家副主席や「団派」と「太子党」の要件を満たす劉延東副首相がいったいどっちに属するのかといった話--が、もう少し進めて、この分析により何が理解できたのか、という視点で考えてみたいと思う。

 例えば、大物の規律検査から、「江沢民一派が太子党から勢力を取り戻した」という結論が導き出されたとしよう。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう