アメリカなどでも仕事をしているバイリンガルの友人は、海外向けのSNSなどで「古いタイプの頑固オヤジで失言が多い」と書いたという。しかし海外からの反応は正直である。
「そんな古い考えの方が、過去においてプレジデントになり、オリパラ会長を任せること自体が日本文化への不信感だ」
その話を聞いて「グウの音」も出なかった。そんな政治に慣れてしまっているせいなのか、確かに、彼のような昭和を代表する頑固オヤジが、どうしてこの時代においてオリパラ会長になったのであろう。
思い出すと彼は緊急入院した小渕恵三氏の後を継ぐように、突如として内閣総理大臣になった。タナボタ的な就任を揶揄(やゆ)する方も多かった。
だが、「他人に対する配慮が天才的にうまかった」と、世間には見えない彼の強い政治力を語る政治家もいる。
つまり単なる昭和的な頑固オヤジなのではない。その辺りのややこしい物語は、書き始めると1冊の小説になってしまうので、適当にしてしまうが、一国の総理までになった何かを持っているのは確かだ。
昭和という時代においては、彼のような頑固オヤジの失言を「でも本当はいい人なんだよ」と許してしまう文化があった。