振り返ると、事件は3年前だ。急性覚醒剤中毒で死亡した資産家の新妻は、55歳年下だという。一昔前の「2時間ドラマ」のようなドラマツルギーに、こんな分かりやすい事件が起きるのだろうかと驚いた。
当然のように、この若い妻が疑惑の人物としてメディアにクローズアップされた。多くのメディアが死肉にたかるハゲタカのようだった。真実味があるものから明らかなホラ話、果ては元妻の扇情的な過去までメディアジャック状態であった。
捜査当局では証拠が固まっていて、「数日中に妻を逮捕」というような刺激的な記事もあった。
だが、そんな空騒ぎとは裏腹に、いつまで待っても逮捕者が出てくることはなく、「迷宮入り」という言葉が誌面を飾ることもあった。
コロナ禍もあり、ほとんどの方がそんな事件も忘れかけていた春たけなわ。「紀州のドン・ファン」という文字が再びメディアを飾った。
連行されていく須藤容疑者の、うつむいたマスク姿の長い黒髪の間から右目がはっきりと見えた。その右目は瞬きもせずに、ただ一点を、強くむなしく見つめているように見えた。
私がその目の奥に感じたドラマは、金持ちジジイをさっさと殺して、遺産を独り占めなどという安っぽいものではなかった。夫を殺すことはそんな単純なことではない。何かもっと複雑で悲しいドラマがあるはずだ。
いつかすべてが明らかになったならば、実話を元にした前提で、映画や小説にしてみたいと思った。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。『すばる』で小説『女優』を連載中(全3回)。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。
