だが先輩の俳優はその店主と独特の信頼関係を作っていて、そんな大人同士の雰囲気に憧れたものだ。
聞くと、その店主とは、その昔、劇団で俳優仲間だったという。そんな店主のキャラクターもあり、他のお客さんたちも、ただならぬ雰囲気のオヤジばかりであった。
その店の常連になりたいと再訪したが、私の顔は分かっているはずなのに店主は素知らぬ態度であった。その後も何度か通ったが、不遜な態度に疲れて、行かなくなってしまった。俳優の夢に破れたことから、若い俳優に対して嫉妬しているのかと思った。
だが今なら分かる。彼は言葉にはしていないが、「若い俳優さんよ、うちは大人限定」と思っていたのだろう。そこに余計な悪意はない。
言うまでもなく、大人とは、二十歳以上という意味ではない。どれだけの人生をくぐり抜けてきたか否かということだ。店をそういう大人たちだけの空間にしておきたかったのだろう。高級レストランなどが、ジーンズやサンダルでの来訪を断るドレスコードと同じだ。
その時代から30年という時間が過ぎ去り、先日、その店があった場所を通ると店はすでになくなっていた。今なら、あの店主も少しは口をきいてくれるかもしれないと思ったが、残念な限りである。
そんな思いがあるように、居酒屋とは不思議なもので、ただの「飲食店」ではない。そこに多くの人間の思いや、かけがえのない時間があるはずだ。そんな日本独自の居酒屋文化がなくなってしまわないように、大人としては強く祈るだけである。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。『すばる』で小説『女優』を連載中(全3回)。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。
