朝鮮戦争を機に、日本の旧軍関係者などの間で高まったのが「釜山赤旗論」だった。
中国・ソ連・北朝鮮による南進が成功し、韓国南端の釜山に赤旗が翻ることになったら、日本の安全保障はどうなるのか。最悪の状況を想定して、対処を進めるべきだという意見だった。
いま憂慮すべき事態は、共産勢力の軍事的な南進ではない。韓国が表面的には合法手続きにより自ら赤化し、在韓米軍を追い出し「釜山に赤旗」が立つ事態だ。いま改めて「釜山赤旗論」を考えなくてはならない。
先週の本欄に、「もはや文在寅(ムン・ジェイン)政権は『中国の奴隷的代弁人』」との見出しの一文を書いた。「韓国が完全に赤化するよりも、コウモリ状態に留め置く方が自由陣営にとっては得策だ」という趣旨だ。
これに対する、夕刊フジとヤフーのコメントはほとんど「想定内」だった。
「韓国のことなど、もうどうでもいい」とのコメントは、相変わらず多かった。その背後には、嫌韓が日本のニューノーマルになって久しい中での「韓国疲れ」があるのだろう。
だが、「もうどうでもいい」論は、相手の状況と動向を的確に把握したうえでの「戦略的無視」とはまったく異なる。一種のムードづくりの役割を果たしている。「韓国の実情を日本人に知られたくない」と願う勢力を喜ばすムードだ。そう願う勢力には、日本人もいる。