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【小林至教授のスポーツ経営学講義】総合スポーツ大会を独占、時代にそぐわぬIOC 商品の分離あるいは組織の分割必要 (1/2ページ)

 スポーツをプリズムに経済学の基礎を教えているわたしにとって、IOCは、独占とは何か、その何が問題なのかを説明するに格好の教材である。

 現代資本主義社会では、経済の繁栄と成長の基盤は公正かつ自由な競争の促進にあるという考えのもと、その状態を保つために法制度が整えられている。日本の独占禁止法、米国の反トラスト法、EUのEU競争法がそれだ。WTOなど国際間の枠組みもある。

 一方、事業体にとって独占・寡占は蜜の味で、合併、協定、談合などなどあの手この手で競争を排除することを試みる。そもそも公正で自由な競争は弱肉強食ということでもあり、結果として独占・寡占を生み出すという矛盾もあるが、そんな歴史の積み重ねのもと、少なくとも先進国では消費者の利益はある程度、守られるようになっている。1990年代後半、マイクロソフトがウィンドウズでOS市場を制覇したところで、日欧米の当局がそれぞれ同社を競争法で提訴したのはその一例である。

 しかし、IOCはそんな現代社会の枠組み・ルールに従う必要がない特殊な団体である。例えば非政府組織(NGO)かつ非営利団体(NPO)という衣をまとったうえで、スイスに本拠を構えているのはそのことを象徴している。スイスでは警察や司法当局であっても、犯罪への関与が明確でない限り銀行の顧客情報を閲覧できない。賄賂も罪に問われない。IOCの目玉商品である五輪は、総合スポーツ大会として他の追随を許さない、市場を決定的にコントロールできるチカラを有している。

 こうして築いた独占的地位は、それを成し遂げた経営力は称賛に値するが、現代社会では許されない形態である。開催を望む都市に、五輪以外では決して必要としない規模の競技場や、最終的に赤字が出た場合の損失の全負担を約束させる。そして選手に対価を払わない。たとえ大会参加に伴いコロナ感染しても自己責任だという。いずれもアウト。相手がいいと言っているからそれでいいのではないか、というのは独占事業体がいつも言うことだが、それが通れば独禁法はいらないのだ。相手に選択肢がない状態になっていることが問題なのである。

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