今も尾を引く金融政策の失敗 「失われた20年」は誤った経済常識から (1/2ページ)

2016.02.09

 戦後の日本経済の歩みの要因について、世間に出回っている誤解は多い。

 たとえば、(1)高度成長は通産省(当時)の指導のおかげ(2)1ドル=360円時代は為替に介入していない(3)狂乱物価の原因は石油ショックだった(4)プラザ合意以降、米国の圧力で政府が円高誘導するようになった(5)バブル期はものすごいインフレ状態だった−といった通説を信じている人は多いのではないか。

 なかでも、(5)について「バブル期はどんどん物価が上がった。すごいインフレ状態だった」というイメージを持っている人も多い。たしかに、バブル世代の人々が、なぜか自慢げに語る当時の武勇伝(「こんなに金を使えた」「接待に次ぐ接待で大変だった」「予算は青天井」などなど)を聞くと、その話は、あたかも真実であるかのように響く。

 しかし、バブル期とされる1987〜90年の一般物価の上昇率は、実は0・1〜3・1%。ごく健全な物価上昇率であって、「ものすごいインフレ状態」とは、とてもいえない。

 バブル期に異様に高騰していたのは、株式と土地などの資産価格だけだった。「一般物価」と「資産価格」を切り離して考える必要があり、バブル期の実態は「資産価格のバブル」だったのだ。

 ところが、当時の日銀はバブルの状況分析と原因分析を正しくできず、政策金利(当時は公定歩合)を引き上げて金融引き締めをした。資産バブルを生んだ原因は、金融面ではなく、法の不備を突いた「営業特金(売買を証券会社に一任勘定する仕組み)」や「土地転がし」などによる資産売買の回転率の高さだったのだが、日銀は原因分析を間違えて、利上げという策を実施した。

 

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