私は天皇制や皇室に対して、歴史的にも感情的にも、はっきりとした敬意を持っている。それは日本人として生きることを選んだ意志に深く関わっている。
また、天照大神の子孫であるという「大前提」が、それを信じる信じないの話ではなく、天皇制の「あり方」として大好きだ。
なんて壮大な世界観なのだろう。それは、日本という世界の中でもまれな歴史をもつ国の、史実と神話を独特のバランスで溶け合わせた骨子のひとつだ。
こういうことをいうと、レフトサイドからは露骨に嫌な顔をされるが、キリスト教やイスラム教などのように、精神の奥底に「神」という存在感を強く押し込まれていないせいなのか、逆に、そういう「神聖」な存在感というものを欲しているのかもしれない。
それが近代的感覚からは不条理であろうとも、神聖、不可侵、かつタブーの領域が、東京駅の前に圧倒的な存在感で鎮座していることが大事だと思っている。
あの「門」の奥に「神様」に近い存在の方がおられると静かに思う感覚自体が大事なのだ。
そういう空気感を、日本が長く大事にしてきたことに大きな意味があり、リベラルな理屈で考えようとした瞬間に話自体が終わってしまう。